<俳句フォトパネル>を立ち上げた経緯 ㈠


20年前に思い付いたアイデア

はじめに<俳句フォトパネル>を立ち上げるに至ったかお話したいと思います。

このサービスの構想は、実は約20年前に思い付きました。当時はインターネットの創成期で、社会が徐々にデジタル化に向けて変わっていく息づかいが聞こえてくるような時期でした。私の本業はグラフィックデザイナーで、その頃は既にパソコンを使って仕事をしていましたので、将来インターネット上で何かビジネスができないか考えるようになりました。それから色々とアイデアを出していきましたが、あまり良いアイデアは出ません。

ある日書店で「サラリーマン川柳」の本を見つけ読み耽りました。川柳の横にイラストが載っていて、とても状況が具体的に分かって面白いと思い、これをネット上で出来ないかと考えるようになったのです。しかしながら色々と調べていくと写真を使ってする方がもっと簡易にできると気付きました。俳句に関して全くのに素人だった私は、俳句のことを調べ、「写真俳句」という世界を知りました。私の中で何か、確信めいた未来を感じたのを覚えています。


アナログ時代からスタート

早速準備にかかりましたが、まずは<俳句フォトパネル>をどのようにして世の中に周知していくか?

そこで最初に私が取った方法は全国の約700の俳句結社に向けて、下記のパンフレットや申込書を作り、送ったのです。しかしながら反応があったのはわずか3社だけでした。これではいけないと東京や関西の結社を直接回りましたが、「ナンセンス」「俳句を分かっていない」などと言われ、散々な結果でした。

(当時は<俳句アートパネル>というサービス名でした)




次に私が取った方法は、雑誌広告です。俳句系の「俳句朝日」や「多趣多才」などに掲載しました。それが下記の広告です。2、3ヶ月が経った頃から徐々に注文が入るようになりました。注文された方から多くの喜びや驚きの声をいただき、確かな手応えを感じました。ただ広告経費が思った以上に掛かり、利益が出るまではいきません。皆さんの声が励みとなり続けられたのだと思います。




  


当時はインターネットが普及しだした頃で、ホームページもまともに作れず、できるのはせいぜいメール(文章のみ)のやり取りでした。作業工程は現在とほとんど同じですが、お客様とのやり取りのほとんどはアナログでした。デザイン作業は本業ですので手間取ることはありませんが、事務作業に多く時間を割きました。




ある先生との出会い

返事をいただいた結社の中に、新潟で俳誌「すな山」を主宰されていた村山砂田男先生がいらっしゃいました。先生にこのアイデアを絶賛され、「こんなサービスを待っていた」とおっしゃってくださいました。その後先生には約30点ほどご注文いただき、それで個展を開かれたようにお聞きしています。その後も多くの俳句に対してのアドバイスをいただき、交流を深めました。(上記の「俳句朝日」に掲載されているのは村田先生の作品です)

先生に出会えたことは、私にとって本当に幸運で、感謝に堪えません。先生に褒められたことが小さな自信となり、いよいよホームページを作ることになります。

(先生は2016年にご逝去されました)


あまり長くなってはいけないので、この続きは次回にしたいと思います。






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